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“勝間塾”

『コンピュータが仕事を奪う』 レビュー

本書は、大きく分けると二つの内容から成り立っている。

一つ目は、「数学的思考に基づく営為は、今後もコンピュータによって置き換えられることはない」という主張である。著者はまずこの主張の根拠を説明するために、コンピュータが計算を行う原理から説き起こして、数学とは何か、数学的思考とは何かについての解説を行う。本書の第1〜4章が、主にこの内容に充てられている。

二つ目は、 著者独自の教育論である。こちらは主に第5章で語られているのだが、客観的な根拠に基づく主張と言うよりは、むしろ経験や主観を背景とする”信念”に近い。

……

本文の構成や、語り口の熱さから見て、著者がこの本を書くことになった最大の動機は、明らかに後者の”教育的信念”に由来している。それは裏を返せば、「仕事を奪われる」という危機感は、著者自身のものではないということだ。著者はあくまで教育者として、子供たちの将来の仕事を心配しているだけなのである。

しかしそういった、悪くいえば当事者意識の薄さが、前半の内容にはプラスに働いている。そもそもまず、「コンピュータがホワイトカラーの仕事を奪う」というテーマに対して、計算機工学の基礎から始めるという発想自体が非凡である。現に危機を感じているような立場からは絶対に出てこない、遠回りのようでいてこれ以上ないくらいに正しい、そういう王道ルートである。そしてその内容も素晴らしい。常に自身が「教える立場」であることを意識しているためだろう、内容の娯楽性に引っ張られて妙な寄り道をしたり、専門外の分野に対して知ったか振りをすることもない。 控え目で、冷静で、誠実だ。

その冷静沈着な語り口を知っているが故に、第5章で教育について熱っぽく語る様は、ある種、異彩を放って見える。しかし同時に、妙に納得もするのだ。「ああ、これだけの熱情があったから、これほどの書物を書き上げることができたんだな」と。 そういう有様こそが、コンピュータには決して置き換えられない、人間の仕事の一つの形なのかもしれない。

『その数学が戦略を決める』 レビュー

本書は、統計分析の活躍を語る本である。特に、様々な意思決定に用いられる統計分析を「絶対計算」と呼んで、それらがどれだけ多くの分野で、どれだけ大きな成功を収めてきたかを、実に誇らしげに語っている。何しろ著者自身が、第一級の”絶対計算家”の一人なのだ。その強い自負と責任感が、文の調子からも伝わってくる。

絶対計算の台頭によって、人間の経験や知識や直感、そしてそれらを売りにしていた専門家たちは、意思決定プロセスの現場から弾き出されてしまった(あるいは、弾き出されつつある)。本書は、専門家たちに対する、絶対計算の優位性を、これでもかというくらいに語る。その様は爽快ではあるし、頭では正しいと理解できるけれども、やっぱり、空恐ろしさを感じずにはいられない。なぜなら、ごく普通の意味での「意思決定」とは、「自分の経験や知識や直感をもとに、専門家の意見も聞いて、自分で何かを決定すること」に他ならないからだ。

私は今、この本の感想をiPhoneで書いている。多くの人に読んで欲しいと思って、文章を推敲している。あなたはこの感想を読んでいる。きっと、何か有益な情報が欲しいと思って読んでくれているのだと思う。しかし私たちの行動は、ともに目的に対してベストではない。より適切な行動は、統計分析が知っている。

人間の直感に基づく意思決定は、全く当てにならない。本書にはそんな事例が、山ほど出てくる。「でも、絶対計算の結果を専門家の代わりに利用すれば、より良い判断ができるってことでしょう?」という、”直感的な”期待すら裏切られる。ほとんどの場合、何も考えずに、ただ統計分析に従った方が正しい。

しかし本書は、人間の直感の価値を否定する本ではない。例えばワインの事例。どのような気象条件が揃えばブドウが美味しくなるのかは、昔から経験的に知られていた。その背景にあったのは、ごく自然な、直感に基づく推論だ:「夏の気温が高ければ、実が良く熟して酸味が抜ける。雨が少なければ、果汁が実の中で濃縮される」。著者らが行った無線式車両盗難防止装置の調査も、”根拠に基づく医療”を掲げるバーウィックの根拠も、本書のその他あらゆる事例も、そうした例に加えていいだろう。みんな始まりは、ありきたりな直感からなのだ。

だから絶対計算とは、人間の直感にとっては、いわば淘汰圧のようなものだ。淘汰圧がなかった頃は、どんな役に立たない直感も、生き延びることができた。たまたま最初の事例で偏りがあったとか、言い出した人が業界の権威だったとか、全くの誤解だけど理屈だけはもっともらしいとか……いずれにせよ、誰にも間違いを証明することはできなかったから、根拠がないままに信じられていた。そこに絶対計算が登場した。誰にでも分かる形で、直感の本当の価値が示されるようになった。価値のない直感は淘汰された。そして真に価値ある直感、絶対計算という淘汰の力をも利用する直感だけが、生き延びて大きな繁栄を謳歌するようになった。その繁栄の規模は、かつては考えられなかったほどに巨大だ。

無論、この淘汰の圧力は、今後も強まり続けるだろう。コンピュータの処理能力はますます上がり、より多くのデータを、さらに短時間で解析できるようになっていく。人生の多くの意思決定が、誰かの絶対計算の結果によって覆い尽くされていくのだ。そんな世界では、絶対計算家ではない一般の人たちも、統計の基礎的な素養を身につけなければならない。それは不当な扱いから身を守るためであり、同時に自らがチャンスを掴むためでもある。その手始めとして、誰もが使える統計の武器である「2SDルール」と「ベイズ理論」を紹介して、本書は締めくくられる。

補足:プログレッサ計画はバラマキか?

本書の文庫版には追加の訳者付記があって、そこで翻訳者の山形浩生氏が、3章に登場する「プログレッサ計画」に対し、「バラマキ政策ではないのか」と疑問を投げかけている。

要するに、子供が学校に通ったらお金を(それも通常賃金の三分の二というかなりの金額を)あげるという代物だ。所得水準でいえば、日本で小学生に、月に十万円あげるから学校に行こう、と言うに等しい。(略)それだけのお金をあげれば、就学率が上がったり、学校をやめる子が減ったりするのは当然だ。

だがこのプロジェクトの中身を考えると、本当に絶対計算を使う必要があったのだろうか?(略)そしてこれは実は(日本の子供手当など問題にならないくらいすごい)ばらまき政策ではないのか?

これはあんまりな誤読だと思うから、要点を論じておこう。以下の議論は、あくまで本文に何と書いてあるかについての議論であって、現実のプログレッサ計画がどんなものだったかとは関係ない。

プログレッサとは、子供の労働力の市場価値に応じて、親に現金を給付する政策だ。本当に貧しい家庭では、親が幼い子供を働きに出す。親が子供の未来を犠牲にしてしまうのだ。それを防ぐための政策が、プログレッサである。この時点で「日本で小学生に10万円」とは全く違う話だ。

さて、直感的には、子の労働力の市場価値を越えるくらいの現金を給付すれば、問題は解決しそうに思われる。それだけなら、訳者の言う通り、絶対計算など使う必要はなかったかもしれない。しかしプログレッサの考案者たちは、もっと別のことも考えたのだ。「予算はできる限り抑えたい」「給付金が、確実に子供たちのために使われることを、保証したい」。これによって、プログレッサの実施条件は、次のようになった:

  • 現金支給額は、子供の労働力の市場価値の、約3分の2
  • 支給を受けるには、各種の健康診断を受けなければならない
  • 支給を受けられるのは母親のみ

ここまで来れば、もはや成功が明らかな政策とは、言えないだろう。仮に成功したとしても、確かにこの政策のお陰だったと断言するのは、難しいだろう。だからこそ、まず無作為抽出テストを行って有効性を明らかにしたことには、大きな意味があったのだ。もちろん、それが次の政権への引き継ぎにも大きな役割を果たしたことは、本文にある通りだ。

まとめると、プログレッサには、貧困の継承を断ち切るという、明確な目標があった。登校率や各種の健康指標という、客観的に成果を測るための指標もあった。無作為抽出テストで有効性が示されてから全国規模に拡大するという、慎重な導入プロセスをも踏んでいた。それをバラマキではないかと言うのは、流石に違うだろう。

『さあ、才能に目覚めよう』 レビュー

書名の”才能”は「じぶん」と読む。その”才能”の、本書における定義は次の通りだ。

才能とは、無意識に繰り返される思考、感情、行動のパターンである

つまり才能それ自体には良し悪しはなく、使い方次第で強みにも弱みにもなる人格的な偏り、ということである。

どんな才能を持っていてどんな才能を持っていないかは(成人の場合は)変えようがないので、持っていない才能にこだわって弱みを克服しようと必死になるよりは、持っている才能を磨いて自らの強みとし、その強みを活かして生きるべきだ、その方が幸せだし企業の生産性も高くなるよ!……というのが本書の基本的な主張である。

さらに著者らの会社では統計分析を基に、この才能を形作る34種類の”資質”を見出したと主張する。人はそれぞれ、その中の5つ前後を特に顕著な資質として持ち、その組み合わせと強弱が人によってバラバラなので、才能もまた人それぞれ異なる形を取るのだ、と。

その”資質”はストレングス・ファインダーというテストを受けることで実際に確かめることができ、本書を買えば無料で1回受けられる。このテスト目当てで本書を買う人も少なくないだろう。ちなみに私の資質は次の5つだった。

  1. 収集心
  2. 戦略性
  3. 内省
  4. 着想
  5. 学習欲

こうしたテストは単に「当たってるー!」と喜ぶだけでもそれなりに楽しめるわけだが、真剣に自分の人生を見つめ直す一助として本書を活用するのであれば、2つほど注意すべき点がある。

1つ目。この本自体は基本的に企業のマネージャーに向けた内容になっているということ。ある企業の枠内である人材を最大限活用するには、というのが第一の関心事であり、個々人が(それこそ転身転職を含めた)自分の生き方を再考するというテーマについてはあまり突っ込んだことを語ってくれない。いわゆる自己啓発本を期待していると肩透かしを食うだろう。

2つ目。弱みを克服するより強みを活かすべし、という普遍的な哲学と、著者らが独自に提唱する理論とは分けて考える必要があるということ。特にこれを他人に対する見方にも適用し、良くも悪くもその人に対する先入観として利用するのであれば(それが正式なマネージメントの一環であれ、カジュアルな人間観察であれ)、理論的な根拠にはそれなりに注意を払っておくべきである。

ずばり、この理論は正しいのか。本当に各人に固有で不変な思考感情行動のパターンなるものが存在し、それが著者らの主張するような資質に分解可能なのか。本書における根拠は大きく分けて二つである:

  • 神経細胞の連結構造の一意性と不変性
  • ギャラップ社が独自に行った200万人分の統計分析

神経細胞の連結回路が加齢とともに減少し、人それぞれ固有のパターンを形成して、一定の年齢以後は変化しなくなるというのは科学的な事実だろう(本当に本当かまでは調べていないが、科学的手法で容易に正否が判断できる類のものなので、著者らを信用することにする)。ただ、その構造が直接、繰り返し現れる変更不能な感情思考行動パターンに対応しており、故にそのパターン=才能も不変である、という部分は多少科学的に飛躍しているのではないかと私には思われる。

またそれが科学的事実だとしても、そのパターンが「34種類の資質に分解でき」「特に顕著な5種類を持つ」ということ、そしてその資質の具体的な内容については、あくまでこの会社独自の主張である。ギャラップ社がその主張をベースにしてコンサルタント業を営む会社だということも忘れるべきではないだろう。

もちろん、この本で説明されている各資質の説明を読み、実際に自分でストレングス・ファインダーを受けて結果を見、自分の経験則に照らして考えれば、かなりな程度”正しそう”には感じられると思う(個人的には自分の分析結果も含め、大いに納得できる点は多い)。しかし単に確からしさだけを問題にするなら、血液型占いにすら信憑性は宿るのだ。

こうした点を踏まえれば、34の資質だとか5つの強みだとかの具体的な内容にあまり捉われすぎるのは得策ではないだろう。本書で解説されている内容およびストレングス・ファインダーで示された結果は、むしろ日々の実践の中で自らの本当の才能――無意識に繰り返される思考、感情、行動のパターンに目を向けるための補助線として活用すべきものだ。ストレングス・ファインダーの分かりやすさについ目が行きがちだが、それこそが才能を見つける王道であると本書にもある(第3章)。

そしてまた、理論面での精確な根拠はさておくにしても、著者らが主張する哲学の面に関しては、自分の生き方や働き方、他人との関わり方を見つめ直すための一種の「問いかけ」として、誰にとっても役に立つものと思う:

  • 自分に向いていないこと、弱みを克服しようともがき苦しむよりは、強みに目を向けてそれを伸ばしていく生き方の方が幸福になれるのではないか
  • 自分にできないことを率直に認め、他人と協力し合うべきではないのか
  • 理解不能な他人の言動にただ腹を立てるよりは、表裏一体の長所に気を向けるべきではないか