ヤバい経済学 [増補改訂版]

ヤバい経済学 [増補改訂版]の感想。

科学としての経済学

経済学は計測の学問だと言う。それは経済学が”科学”であるための方法なのだろうと思う。

自然科学において仮説を検証するには実験を行う。狙った現象が観測可能になるようなうまい状況を整えて、仮説に整合的な結果が生じるかどうか調べる。しかし経済学の対象は現実そのものなので、仮説を検証するための実験を行うことは難しい。代わりに現実の中で得られた膨大なデータに統計学的な分析を加えて、ある現象の原因と結果がうまい具合に立ち現れるよう工夫する。

そういう意味で、経済学におけるあらゆる種類の実験は、あらゆる条件下で常時行われていると言えるかもしれない。

インセンティブは発明されたものである

インセンティブとは「発明」されるものだと言う。もっと稼ぎたいからがんばって働く、警察に捕まるのが怖いから不正はしない。現代社会では当然のことと考えてしまいがちだが、これらは普遍的な原理でも何でもなく、そういう風に行動するようにインセンティブが設計されているのだ。ここで私はおれカネゴンさんの日記の次の箇所を思い出した:

ところで、「よいことをするとよい報いがある」「悪いことをするとそれなりの報いがある」という因果は、実はまったくの非合理的な信念 (irrational belief)で、この因果は合理的なのだ(筋が通っている)とすべての人によって信じられているということ以外にこれを支える根拠は本来どこにもなかったりする。かといって、論理療法とかを真似て、にわかハッカーのように「これは非合理的です」と斬って捨てたままにしていいことにはならない。というのは、人類は数千年かけて、本来は非合理的であるはずのこの信念が本当になるように全力を尽くしてきたからで、その最たるものが法律なのだと思う。

法律はインセンティブを導入するための強力な手段の一つだ。そして経済学者は、インセンティブを発明したり設計したり導入したりすることで、あらゆる問題は解決できると考える(らしい)。

『割れ窓理論』という通念

150ページからは有名な「割れ窓理論」をもとにしたニューヨーク市の防犯対策と、実はそれは全く効果がなかったという著者の主張が述べられている。主張の根拠は次の3点にまとめられる:

  1. 犯罪の急減はニューヨーク市にけではなく、全米で起こっていた。
  2. 対策が始まったのは1994年からだが、1990年には既に減少が始まっていた。
  3. 対策の内容とは無関係に、警官が増員されていた(警官が増えれば犯罪が減ることは証明できる)。

これだけの証拠があったのに、なぜ割れ窓理論に元づく説明が広く世間に受け入れられ、「通念(conventional wisdom)」となったのか。『通念は、単純で都合がよくて居心地良さそうで、実際居心地がよくなければならない』と著者は言う。確かに、割れ窓理論が提示する筋書きは心地よい。身近なところで起こる軽微な犯罪を徹底的に取り除いていけば、やがて街から犯罪の臭いが消え、殺人や強盗といった重大な犯罪も減少する……。警察が、街のみんなが頑張ったから犯罪は減ったのだ!というのは、ぜひとも信じたくなる考え方だ。

「銃とプール、危ないのはどちらか」、「ヤクの売人はなぜママと住んでいるのか」、「黒人と白人の成績格差は何が原因か」といった本書の話題の多くは、基本的に米国人の通念を前提としており、日本人が読んでも「ふーん」という以上の感想を持つのは難しい。例えばアメリカでは近年、子供に変な名前をつける親が増えているらしい。日本でも同じような話は聞く。しかしそこから親の傾向とか子供の成績との相関を調べたら、アメリカとは全く別の結論になるのではないかという気がする。

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